【神輿みたまま】大和田の裸神輿

★ 情報提供者:はっちゃん

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 こんばんは みなさん 7月の最終週末(25日(金)26日(土))。今年も大和
田の裸神輿がやってまいりました。はっちゃんは今年で3回目の参加です。
【大和田宿】
 私の住む町、新座市は東武東上線と西武池袋線にはさまれ、最寄り駅は、志
木、ひばりが丘、清瀬です。
 特に志木駅は、新座市内にあるのですが、駅名は御隣の志木を名乗っていま
す。このあたりの事情は歴史的な変遷があり、東上線開設当時、現川越街道に
沿って、まっすぐ敷設しようとしたの対し地元の反対を受け志木方向に迂回し
てしまったのだそうです。
 そして今武蔵野線が走るようになって、新座駅は出来ていますが、新座貨物
ターミナルがメインで、旅客駅は畑の真ん中にあり、上記の既存3駅に比べる
と、見るかげもない寂しさです。お祭りとは直接関係のない事を延々とかいて
きましたが、今回の「大和田裸神輿」は東上線の通過を阻止した、川越街道5
番目「大和田宿」の御鎮守「大和田氷川神社」の祭なのです。
 祭の担ぎ手が減り、御囃子の後継者不足に悩みながらも、江戸時代からの祭
を、古い形のままに、連綿とひっそりと守り通してきた素朴で荒々しい祭で
す。
【はっぴさん】
 毎年書いていることなのですが、この祭を話す時にどうしても、記しておか
なければならないのが「はっぴさん」の事です。
 このまつりは基本的には30人の神輿を担ぐ若い衆がいます。出立ちは素裸に
晒一反を、褌と腹巻にしてきりりと締め上げ、白足袋履きです。二日間担ぎ通
す事が、決まりで、白地に背中に青で「神輿」と染め抜かれた半纏(ハッピ)
を持っています。まれに着ている人もいますが、ほとんどの人は肩当てに使っ
ています。昔は「はっぴ」をもらえることは大変名誉な事だったようです。
 そして、この祭には、「やじうま」とよばれる担ぎ手もいます。正規の担ぎ
手以外で、一日だけとか、あるいはちょっと一区間だけ担ぐ人達です。去年も
いましたが、神輿が家の前を渡御していく声を聞いて矢も楯もたまらず、「箪
笥の奥から昔の晒を引っぱり出して、担いでしまったヨ」という人達です。も
ちろん、「はっぴ」さんは氏子のなかから選ばれますから、はっちゃんのよう
に、地区外から来る人間も「やじうま」です。そして、「やじうま」といえど
も裸になることは厳格に要求されます。
【町内渡御】
 祭は金曜、土曜ともほぼ同様のスケジュールで行なわれ、午後7時から9時
までは旧川越街道を大和田地区の端から端まで渡御。そして9時から11時まで
は境内で渡御をします。
 町内渡御は例年と同様、神社の脇の旧鎌倉街道を抜けて、バス通りとなって
いる旧川越街道へ出て、英(はやぶさ)橋で折り返し、新座駅近くまで往復す
る行程です。途中3回の休憩を入れ要所要所で練りを繰り返しながら渡御しま
す。
【神輿】
 神輿本体は、台座で4尺位。延べ屋根、漆塗、平屋台の作りですが胴は細め
です。激しい担ぎに耐えるように、蕨手と台輪の間は金の棒で補強されていま
す。この金属の補強棒は狭山市の神輿でも見ました。この地方の特色なのかも
知れません。そして、紫の飾り綱には鈴がつけられ、神輿を練るときの合図に
鳴らします。
【担ぎ】
 まず掛け声「やんよー、やんよー」です。意味するところは判りません。こ
れは神輿の責任者が非常に気にしていることのようで、神輿の出発式の挨拶に
もありました。間違えないでくれと。
 歩き。江戸前や、湘南のような「ステップ」がありません。ただ担いで歩き
ます。だから足がそろわないので、棒に入れる人数が少なくなってしまいま
す。普通に渡御しているときで、24〜25人位でしょうか。
 もみ。町内渡御の時の見せ場。鈴が鳴り、「そら、もんで見ろ」の声がかか
ると、神輿を揉みます。この神輿の揉み方は左右の本棒が交互に、てこの支点
になり、左右の添え棒が、交互にジャンプするものです。右がジャンプしてい
るときは、左の本棒に神輿のすべての重さがかかります。このとき左の添え棒
はしゃがんでいます。つぎの瞬間左の添え棒が蛙ジャンプをして、飛び上が
り、神輿の重さが右本棒にかかり、右添え棒がしゃがみます。これを何回か繰
り返す訳です。
 差し。この神輿の差しは、左右の担ぎ手が神輿を中心にして向かい合って両
手を差し上げ神輿を差し上げます。そして神輿を左右に揺らしながら「差せ、
差せ」と声をそろえます。
 廻し。輿を腰の部分で支えてぐるぐる廻ります。下手をすると足がもつれて
転びそうになります。
【境内渡御】
 帰りは、鳥居を潜って正面から帰ります。3つの鳥居を潜り終えるまでは、
神輿を腰の部分で支えて低くしてゆっくりと鳳を潜らせます。そのあと、参道
の最後の20メートルばかりを全速で駆け抜け神輿は境内に走り込みます。その
あと境内でここぞとばかし、神輿を練ります。揉んだり、差したり、廻った
り。神輿が暴れるほど神様がお喜びになり、雨を降らして下さるそうです。
野火止め用水ができるまで、水不足に悩んだ、この地方ならではの祭です。ひ
としきり揉んだあと、役員が頃合を見計らって、休憩を入れます。
 金曜はただ休憩でしたが、土曜は休憩時間に女性神輿が出るようになりまし
た。去年から始まった行事です。女性神輿は近くの同好会が主体のようで、担
ぎも普通の江戸前、半纏は紺地に白で「大和田」の染め抜きでした。
 でもこうなると、せっかくの「大和田囃子」を人達が一所懸命踊っているの
に、見る人が減ってしまうんではないでしょうか。りっぱな二階建ての白木造
の御仮屋の上で、獅子、狐、ひょっとこ等が舞っているのですが。でも新座市
の無形文化財も受けている御囃子ですからそんな事では負けないんでしょうね。
       
photo-ohayasi
【雨天決行】
 町内の祭の開催告知(ポスターではなく大きな色模造紙に筆太でかかれた掲
示です。)には毎年必ず、「雨天決行」と書いてあります。
 先ほど言いました様に、水不足に悩む台地で行なわれてきた祭ですから、雨
は歓迎すべきものであり、喜んで祭を執り行うべきものとなるのです。去年は
晴天でしたが、今年の土曜日は、壮絶な雨の中の祭となりました。
 はっちゃんは後ほど書きますように、8時過ぎまでは近くの他の祭に言って
いたので、大和田では頭からシャワーを浴びる様な事はありませんでしたが、
境内はどろどろに泥濘んでいました。この泥濘のなかでジャンプするのですか
ら、足袋も脚どろだらけ。褌、腹巻まで泥を浴びます。中には尻餅をついて、
完全に泥づけになった担ぎ手までいます。
photo-mikosi
【荒れ神輿】
 金曜、土曜と二日連続、7時から11時までですから、二日目の境内に来た頃
には担ぎ手は相当疲れがたまっています。でもうまくしたもので、そのあたり
になると、境内だけの「やじうま」が入ってきます。今年も境内に戻って来た
ところで、元気のいい若い衆が7〜8人飛び込んできました。彼等は肩当てす
らしていません。本当に元気ですね。普通はっぴがなくてもはちまきを肩に当
てる程度のことはするのですが。彼等が入ったからでしょうか、今年の境内の
荒れ神輿振りは一段と素晴しく、恒例の花掛けのベニヤを神輿の棒で破るのも
例年にもまして跡形を留めぬ位までに、見事に破壊し尽くされました。
 棒の下半分は丸く削ってありますが、神輿の荷重を支えるながら廻るのです
から、肩の皮膚なんかあっというまに擦り傷だらけです。はっちゃんも二日目
の終りには左肩を大きく擦りむいてしまい、神輿をもむときは、右肩と背中で
荷重を支えるようにして踏ん張りました。そして二日目の最後には、避けてい
た添え棒にも入り、蛙飛びもおもいっきり挑戦しました。これやるとあとで足
が思いっきり痛くなるんです。
 最初の年はたったの20分、二年目は土曜日一日、そして三回目の今年は途中
他の祭には抜けたものの、丸二日間参加することができました。そして、やっ
と今年の二日目から、祭典実行委員長さんに白法被を貸していただくことがで
きました。

    はっちゃん @NIIZA saitama QZM02610 でした。



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